京都呉服屋 夷川しめだと町方のきもの文化, 京都呉服屋店主のこころ覚え手記

呉服屋の暖簾


着物市場が急激に衰退していくなかでも、地元京都のお客と信頼関係ができていたあつらえ呉服屋は、地域に根ざし、細く深く商いをやってきていました。もともと、京都の商売は、店に客寄せの看板やショーウィンドウのようなものはありませんでした。暖簾(のれん)ひとつです。今となっては、ショーウィンドウがあるお店が、当たり前なのに対し、暖簾の中がうかがい知れない京の店構えは、「一見さんお断り」と思われて、敷居が高いと誤解されているのではないかと思います。なじみではない人にとって、暖簾をくぐるのは勇気がいるのかもしれません。自分好みのきものを扱っているのかさえ、わからないとなおさら入りにくいものですよね。

なぜ、今でも京都のあつらえ呉服小売屋が、ショーウィンドウや店先に商品を展示しないのかには、大切な理由があります。お客様は、同じ意匠のきものに出くわすと気が悪いものです。また、着物の意匠は、人目にふれすぎると、「目垢がつく」といわれ、京都では特に敬遠されます。当呉服屋も、本来、雑誌や本など色んな方の目にさらされるところに、きもの写真を掲載するのは、大変神経を使います。それが、お客様との信頼関係を守ることになりますから。

そのような事情もあってか、憧れるような和装写真が載っている本は、だいたい、着物コレクターや研究家の方々が、ご自身の着物美学を披露し、紹介されているものになってしまうのだと思います。本や雑誌、さらには、インターネットの時代にあって、本当にいい物を写真で披露していないなんて、と思われるかも知れません。

しかし、買って頂いたお客様が嫌な思いをせずに、よい意匠のきものを末永く喜んで着ていただけるのが第一です。それが、京都の商いで大切な暖簾というものです。

そんな呉服屋の暖簾をくぐって、新しくお越しいただけるお客様とのご縁に感謝し、当呉服屋は心から大切にお迎えしたいと思っています。