京都の呉服小売屋は、お客さんであるエンドユーザーの色んな事のお世話や要望を引き受けなければならない商いでした。昔から着物のクリーニング屋なんてありはしませんので、クリーニングもします。傷まないように洗い、シミがついたらシミ落としもします。今の衣服と違い、長い間使われますので、着物のメンテナンスもしなければなりません。刺繍を直したり、仕立てが狂ったら仕立て直しもします。
中でも、町方の奥様をお客様とするあつらえ呉服の小売屋は、衣に関してのあらゆることを皆悉く(みなことごとく)するので「悉皆屋(しっかいや)」とも呼ばれました。「これ悉皆しといて」この一言で、状況に応じて意図をくみとり、着物を着て頂くのに最善の状態に保っていたのです。
一回売れたら終わりではないのです。その後の長いお付き合いの方が大事でした。昔の京都の町では、そんなあうんの関係や信頼関係が色んなところであったと思います。
あつらえ呉服屋は、お客さんの衣食住の衣に、それはそれは深く入り込んでいました。当然ながら、信頼第一で人間関係も家族ぐるみで深くなりますし、長いことお付き合いします。その昔は、いろいろなお家のことをわかっている呉服小売屋が、お見合いのお世話役をよくしていたといいますから。
話が少しそれましたが、クリーニングや、メンテナンスだけやありません。着物は、着物自身や、帯、小物の個々が素晴らしいものでも、あわせ方ひとつで、野暮ったくなってしまいます。着ていく場や立場も考えなければなりません。センスも良識も問われるものです。あつらえ呉服屋は、お持ちの着物・帯・小物をわかっていたので、お客様が迷われたときは、取り合わせの相談にものります。見立てる能力も大切でした。お客さんの顔がつぶれないよう的確にアドバイスしなければなりません。
あつらえ呉服屋は、着物を白生地から、デザインし、染め、織り、刺繍、そして、仕立てまで、トータルで一から着物を創り上げるだけの能力があり、お客様がお持ちの着物・帯・小物を知っていましたから、質が高い・的確な見立てもできましたし、クリーニング、メンテナンスどれをとっても、分業化・量産化された問屋業のそれとは、一線を画すものでした。
そんな商いでしたから、京都に暮らし、着物を良く着られる町方の奥様方にとって「呉服屋」といえば、「あつらえ呉服屋」のことでした。