京都呉服屋 夷川しめだと町方のきもの文化, 京都呉服屋店主のこころ覚え手記

着物の時代感覚


着物は、ただの衣服とは違い、日本女性の礼節や美意識を体現するものでした。そこには、目にする人が受ける印象への心配りや気遣いがあり、着る人の品性を磨くものでもありました。それぞれの場面に相応しい用途のものを選ぶ暗黙知みたいな枠組みが、自然に存在していました。

そんな着物文化も、戦中の衣服の規制、戦後のより安価で着るのに煩わしさのない洋服の広がりによって、着る女性がどんどん少なくなっていきました。そして、呉服業界が行った振興策のひとつが、和装をしていく場でのマナーや用途を整理し、留袖、訪問着、付け下げ、色無地、小紋等の種別とTPOを体系化した規範をつくり販売促進をはかろうとしたのです。

華やかに装う場なのか、目立ちすぎてはいけない立場なのか?場違いになったり、浮いてしまうのは避けたい・・・。普段着る機会がない人にとって、この規範は、どんな場でどんな種別の着物を着ればいいのかがわかり、心を砕いて考えずに済み、それはそれで意義のあるものだったことでしょう。しかし、いつしかこの規範が一人歩きをはじめ、呉服業界の慣習となり、盲目的にこの規範に従うことが着物文化であるかのように、多くの呉服屋がなってしまっているのかもしれません。

一方で、和服を着る女性の感覚は、時代と共に、世代と共に変遷していると痛感します。
京都では、まだ、ちらほら和服姿を見かけますが、ほとんどの地域で、今ではもう街中で和装をした人をなかなか目にすることのない時代になりました。和服姿を見た人が持つ印象も、昔に比べ華やぎや特別感が際だってしまう時代にあり、和装する人自身の感覚やニーズが変遷しているのは無理のないことです。立派過ぎる絵羽模様や刺繍がかえって、着ていく場で浮いてしまうような気がしたり、どこか心に違和感を持たれる方が多くなってしまっているかもしれません。しっくりくる着物に出会えず、無難に色無地を選び、和装を真に愉しむことを犠牲にしてしまっている人もおられるかもしれません。

時は流れ、着物づくりの技術も進歩を遂げています。
「付け下げ」をつくる技法で、「訪問着」と格の変わらない華やいだきものである「付け下げ訪問着」もつくれる時代になり、意匠・デザインの自由度は、大変高まりました。それにもかかわらず、着物種別の呪縛で、着る人がしっくりこないと感じられる着物にしか出会えないのは、悲劇なのかもしれません。

京都呉服屋 夷川しめだは、意匠をいかようにもできる「付け下げ 訪問着」を中心に、一からあつらえることもできます。和装の華やぎや特別感が際だってしまう時代に、礼節を大切にしつつ、お洒落心も充たしたい。そんなお客様の時代感覚、美意識にしっくりくる「きもの」、着て行かれる場・用途に相応しい格を兼ね備えた「きもの」づくりに応え続けたいと願っています。